連載コラム第4話 高山の働きその2~尾根の露岩・磐座の働き

 

山頂や尾根筋に露出する巨石の佇まいは、訪れる人に深遠な大地の鼓動が聞こえてくるような感覚を与えてくれることでしょう。

磐座(イワクラ)に惹かれ、畏敬の念に打たれて手を合わせ、祀る、その感覚は太古の昔から続いてきたことであり、現代に生きる私たちの細胞の記憶の中にもきっと宿っていることでしょう。

大地の底から突き出して露出する巨岩は、環境を息づかせる大切な働きをしていることは、第3話で少し触れましたが、石が呼吸を開始して土地の力として働くそのプロセスを少し紹介したいと思います。

奈良県大和高原ダンノダイラ(2019年6月撮影) 写真:高田宏臣(以下同)

古代からの人の居住が伝えられる奈良県大和高原の山中に、縄文人の居住跡と見られるダンノダイラがあります。
ここには今も巨石の露岩が磐座として祀られます。苔むした露岩の亀裂を覗くと、水がぽたぽたと滴っているのが確認できます。

居住していた縄文人が掘ったとされる山頂部の水路

その山頂付近の磐座から続く小川があり、この小川は縄文人による掘削跡と伝えられます。

戦後の天然林伐採と人工林植林によって山はかなり乾いてしまっているものの、この素掘りの小川は埋まることなく保たれ、今もなお清水がそこに湧き出し、清流の岩間にしかいないカジカの声が賑やかにこだまします。

磐座における古代人の居住の痕跡は各地で見られますが、山頂部の岩場から絶えないいのちの水が湧き出す光景やそれを守るような周辺の巨木の森を目の当たりにして、その環境上の大切さを本能的にも感じ取ってきたことでしょう。

縄文人がここでの暮らしや環境改善のために掘削したとされるこの水路の上端には高さ15mの巨石があり、それを登ると山頂の岩場からの湧水を集めたため池があります。

これもきっと古代の先人が掘削したことでしょう。

山頂です。そこに絶えない湧水池があるということは、岩間や木々の根を伝って引き上げられた水、あるいは岩に付着する苔や菌糸が空気中の水分を捕捉してえられたものであります。

それが、山中の縄文人の暮らしを支える源となってきたのであって、彼らはその水を守るためにどうすればよいか、その仕組みも熟知していたことでしょう。

水を引き上げ、動かすように岩が育ってゆくプロセスについて、事例から見ていきましょう。

沖縄県今帰仁村 火の神の祠周辺の石灰岩露岩

沖縄列島の骨格となっているのは石灰岩です。石灰分の海底堆積の隆起によって島の上には、カジュマルやアカギ、アコウなどが生育し、豊かな森を形成します。
岩に苔が生え、そしてそこに樹木が根を下ろすことで、そこが水の源となっていきます。

露岩の際の木々は成長して岩を木陰に包み込む

露岩に守られたその下や周辺では土中の環境がよく育ち、そこは樹木の成長も早く、巨木になります。
木陰となり、葉面を伝い落ちる水が岩を潤し、うっすらと苔が乗ってくると、その上に樹木の根が包むように伸びてきます。

アコウの細根伸長に沿って筋状に岩が溶けてくる

木陰となった岩盤の上の僅かな湿りを利用して細根が岩に張り付くように伸びていきます。
細根から分泌される成分と、それを吸収する菌糸の酵素が岩をゆっくりと溶かし、細根に沿って小さな溝が生じます。この溝に水が浸透し、そして花殻などの細かな有機物がそこに溜まり、やがて分解され、その過程で菌糸や苔が増殖します。

根が溶かして生じた溝から苔が広がる

根が掘った岩の溝を中心に苔が進入すると、さらにそこから岩盤の亀裂を伝って水の浸透を追いかけるように岩の中に菌糸が伸びて、それが岩全体を潤していきます。苔は岩の表面で厚みを増して、スポンジのようになり、それがまた空気中の水分を岩に供給してゆく働きを増していきます。

やがて岩全体を苔が覆う

岩全体を苔が覆い、そしてそれがスポンジのように厚みを増してゆくにつれて、岩はますます潤い、常にしっとりと水を含むようになると、そこに落ちたどんぐりも発芽して成長し、やがて大木となる、そんな環境が石の上に育まれてきます。

沖縄県南城市 浜川御嶽 露岩を包み込むガジュマルの根

そして岩を飲み込むように木々が張り付くことで、岩盤の亀裂を伝う根の吸い上げによって、はるか下の地下水とも連動して水が露岩まで引き上げられる、そんな動きをはじめるのです。
呼吸する岩場が潤いを保つ限り、石の上は木々にとって最適な環境となり、そこに根付いた木々はよく成長して巨木となります。そうなると、岩は木々の吸い上げた水を浸み出し続ける、水を生み出す源としての働きを担い続けます。

長野県上高地、林道際の岩盤の崩壊

岩と木々と苔、菌糸とのバランスは微妙で、ひとたびそのバランスが崩れると、岩は乾き、それに伴い亀裂に張り巡らされていた樹木の細根も短期間で枯れ、岩の風化と崩壊が止まらなくなり、そして巨石を抱えていた巨木が倒木するケースもよく見られます。
この時はすでに、岩は水を動かす大切な働きを失っています。
このプロセスはいずれ別の項で説明します。

山形県山形市垂水遺跡の岩窟上部

潤いを保つことで岩盤は安定し、そして水を育み、命を育みます。だからこそ、古来切り立った山を不可侵の神域として保ち、集落の水源となる山域を鎮守の森として守ってきたのでしょう。

山形県山形市垂水遺跡の岩窟の天井部分

先ほどは、表面のつるっとした石灰岩が摂理を刻んでゆく過程を説明しましたが、どんな岩でも、地表に露出した場所ではさまざまな作用を受けて、形状を変え、やがて安定していきます。

 ここでは凝灰岩の岩窟の天井や壁面がまるで人間の内臓のヒダのように紋様を刻んでいます。

 どのようなプロセスにしてこの文様が育まれたのかは誰も分かりませんが、有機的な文様は自然界で形作られるものの法則性をも感じさせられます。

そして、こうして文様が刻まれて露出した岩の表面積が増えることで、岩の中での水と空気の動きが促進されて、岩全体を潤していきます。

巨岩の窪み部分に、水の流れがいく筋にも岩盤を伝う

そして、絶え間ない水の浸み出しと苔の作用も相まって岩を溶かして形成された窪みは広がり、そこに絶え間ない水の流れが生まれます。この岩盤も、上は僅かな土と木々、そこからは雨が降らなくても枯れることのない水が生まれるのです。
この、自然のバランスのみが生み出す命の源、生み出される水、自然界の息吹はこうして生まれるのです。


亀裂の下には池が掘られ、そこに湧き出して枯れない水が、かつてはここでの修験者たちを潤わせてきました。そしてそこは今も神域として守られます。
 
 自然界の真理は、それを知り尽くしてきた先人たちが何をなんのために守ろうとしていたか、そこに現代人の多くがが思いもよらないほどの、大事な視点がたくさんあるのです。