農薬に頼らないマツ枯れ対策とは?
上の写真は新潟市の海岸松林の様子です。このようなマツ枯れが起きる中、「農薬散布の繰り返しで松枯れは収まらない、ほかのアプローチが必要」と考えた、前・新潟市長、篠田昭氏の要請を受け、高田造園設計事務所では、農薬に頼らない松林の再生の取り組みを、新潟市北区の海岸保安林の一角ではじめることとなりました。
2015年夏、私たちは隣の富山県から新潟市へと続く、海岸松林の状態調査を開始し、同年11月、松林環境再生の実証施業にとりかかりました。その後3年間、毎年5回ほど経過観察とメンテナンス作業のために定期的に通い続けました。その過程と結果をお伝えしながら、樹木枯死の真因を考えていきたいと思います。
実証試験区は、新潟市北区海岸松林の一角で、林野庁の保健保安林、かつ飛砂防備保安林の重複指定を受けている重要な海岸林です。試験区内の既存の松の本数は約500本、面積は約2000㎡のエリアです。
3年間の改善結果を先に申しますと、これまで毎年マツ枯れがおさまらなかった新潟市北区の海岸林エリアにおいて、この実証試験区では、私たちが改善作業を施していた3年間、マツクイムシによる枯死の発生は一本たりとも確認されませんでした。 一方で、試験区以外の周辺海岸松林では、従来通りの農薬散布が継続されながらも、マツ枯れはおさまることなくコンスタントに続きました。
その事実から、マツ枯れの本質的な原因は、決して単純な病虫害飛来などではなく、木々が健康に生きることができなくなってしまった環境そのものにあると推測できるかと思います。また、枝葉や根の成長量や下層植生の多様性も、改善作業を行なっていない対象エリアに比べて、短期間で急速な改善が見られたことが、新潟市北区による改善効果測定調査で報告されています。
上の写真は、改善工事に着手する前の2015年8月に実施した松林調査時の様子です。
当時の松林は櫛の歯が抜けるようにぽつぽつと枯れ、林内は健康な森の林床とはまったく異なる、荒れ地の雑草が藪状態を形成していました。こうした場所は風通しも見通しも悪く、樹肌はカサカサで不健康そうな荒れた様相が、おそらく誰の目にも感じられると思います。残念ながらこうした荒れた森や林が、日本中の至るところで広範囲に見られるようになりました。
このエリア周辺で松が大規模に枯れ、森が荒れ始めたのは、20数年前のことのようです。それ以前はとても心地よい松林で、森の中はふんわりと裸足で歩けるほどだったと、かつてを知る地元の方が言いました。
松林の荒廃が始まった当時、一体何があったのか、環境の変化の要因から見ていきました。それによって環境改善のポイントがはっきりと見えてくるからです。この海岸松林を縦断するアスファルト車道と歩道が整備されたのがちょうど20数年前のことでした。車道舗装によって、土中の環境ががらりと変わってしまったのです。海岸砂丘上部から砂丘間低地との間を動く土中の水が分断され、停滞してしまい、そこから森の荒廃が始まったことが、私たちの事前調査でわかりました。
砂丘下部の低地を掘ると、土は酸欠状態で還元作用を起こして青く腐敗し、停滞した水が溜まって、動いていませんでした。砂丘下部に土中滞水が生じると、砂丘上部斜面から水と空気が下へと動けないため、土中の通気浸透性も徐々に衰え、水は泥水となって表土を削り、谷部をますます泥つまりさせてしまう悪循環が続き、環境の荒廃に歯止めがかからなくなるのです。
砂丘下部では水が停滞しているのに対し、道路上部ではぱさぱさの乾燥した砂となっていました。土壌として育っておらず、水は深部まで浸み込まずに表層の浅い部分を流れてゆくため、細根も菌糸も深い部分で活動できなくなり、その結果、深い根を必要とする高木から順に枯れていくのです。
土壌の様子を見てゆくことで、森林崩壊の原因が水脈の分断によってもたらされることが明確に見えてくるのです。
健康な状態の土壌環境においては、多孔質な団粒構造が形成されることによって、大地の上部と下部で水が行き来するために必要な毛細管現象が生じます。菌糸がネットワークのように張りめぐらされ、大地がひとつの身体の血管のように連動して 、常に全体をしっとりと適湿な状態に保とうとするのです。
ところが何らかの原因で水脈が分断されると、一方では乾燥し、そして一方では水が停滞して動かず、土壌の多孔質構造が崩壊して細粒状となり、いのちを養いうる健康な基盤としての土の機能が失われていきます。
森林の再生のためには、土中の水の停滞をもたらす原因を解消して、水が浸透して常に動く、そんな健康な土中環境の再生が必要不可欠になります。
以下は、2015年11月から高田造園設計事務所で行いました環境再生工事のプロセスです。まず土地の高低差に応じて、横溝と縦穴を掘削し、表土レベルに高低差を設けるところから始めました。これにより土中に停滞していた水は、重力に従って下り、土中の空気とともに横溝や縦穴から抜けていきます。
次に横溝や縦穴に、現地の林床で集めた枝葉や落ち葉、枯れ枝などを絡ませるように漉き込んでいきます。漉き込んだ有機物が分解される過程で、菌糸が絡んで増殖し、横溝や縦穴の側面から土中へと伸びていき、樹木の根と合流するとそれらを溝に誘導します。菌糸と根との相乗作用によって、土中の空間を徐々に増やしてゆくのです。
縦断道路キワの改善造作が、この森の環境再生の要となります。この道路によって土中の水脈の分断が起きているからです。まず深さ30㎝程度の横溝を縁石に沿って掘り、さらに約2m間隔で深さ1m程度の縦穴を掘っていきます。
縦穴には竹筒を差し込み、その周りに枝粗朶を絡ませます。横溝にも同様に枝粗朶を入れ込んでいきます。枝粗朶を絡ませながら垂直の段丘状の地形を作って、むき出しの土を藁でカバーします。これで道路キワの改善造作は完了です。
地形を垂直に切り立たせることで、上部からの水と空気は重力で下方に抜けやすい状態となります。空気と水が動く場所に樹木の根が誘導されて張り巡らされ、地形は徐々に安定してゆきます。道路キワの横溝から縦穴を伝って水は地下へと浸透し、竹筒の空気抜きの作用で深部の水と空気の動きが可能になり、菌糸が徐々に車道の下へと伸びていき、時間の経過とともにますます通気性浸透性が高まってゆくのです。
松が枯れて空間の生じた箇所には、土に炭などを混ぜ込みながらマウンド状に土を盛り上げて、そこに松苗を密植します。マウンドを盛る理由については、松が枯れた箇所は、多くは地形的な問題がある故、その地形を改善してから植樹するのです。こうしたマウンドを10数か所程度林内に点在させていきます。
植樹半年後の春、厳しい日本海の冬を乗り越えて、松苗は元気に新芽を伸ばし、競争しながら伸びてゆきます。上写真のマウンド周辺の竹筒は、縦穴通気浸透孔です。マウンドの土は、周辺に数か所ほど、縦穴を掘り、その掘削土に炭を混ぜて盛り上げています。盛ることと掘ること。そのことによってマウンドの土中に水と空気の大きな動きが生まれます。松が枯れた跡地には、このようにして補植をします。
高木枯れが起こるのは、大抵微妙な土中の環境や地形的な問題であることが多く、捕植をする際には土中の水と空気の動きを改善した上で、植樹を行うことが重要なのです。
第三回に続きます。乞うご期待。