台風15号にともなう風倒被害と山武杉(さんぶすぎ)のお話

2019年9月、千葉県を襲った台風15号にともなう風倒木は、広範囲で電線を寸断し、長期間に及ぶ停電をもたらしました。
私自身、1週間に及ぶ停電の中、復旧救援のために駆け回りつつ、被害の状況を観察して回りました。今回の倒木多発の原因について、放置人工林の問題が、SNSやメディアでもずいぶんと取り上げられています。特に、樹幹内部が腐朽する溝腐れ(みぞぐされ)の生じた杉の人工林について、これを長年放置した行政への批判が目立ちます。
「病気の木々を放置した行政の怠慢」とか、「接道部分の木々は予防的に伐るべきだった」というコメントが、森林専門家を称する人たちからも発信されています。
このような自然の摂理の本質からかけ離れた論調が注目されていることに、非常に危機感を感じ、この機会に今回の風倒木と放置人工林のこと、少しお話しいたします。

ねじれながら成長する山武杉。このブログに掲載した写真は、特記以外台風15号後に撮影。photo / 高田宏臣(以下同)

千葉県東部の山武郡周辺は江戸時代から林業で有名で、「山武林業地」と呼ばれ、その多くは「山武杉(さんぶすぎ)」といわれる在来の杉が植えられてきました。材として強度も高く、江戸時代からブランド材だったのです。

この山武杉は、ねじれながら成長するところに特徴があります。ねじれることで樹幹組織は非常に硬く、かつしなやかな最高クラスの杉材となり、かつては銘木として扱われてきました。地元の古い大工は今も、「山武杉を一度使ったら、もう他の杉は使う気にならない」と言います。特に樹齢数百年の山武杉材は構造材としてだけではなく、さまざまな造作材としても重宝されてきました。

ところが近年、この山武杉の多くに、通称「溝腐れ病」という樹幹内部の腐朽が進んでいることが指摘されてきました。溝腐れ病は、感染性の病気ではありません。真の理由は、山武杉独特の幹のねじれ成長と、放置林という今の環境自体に問題があるのです。
木が幹をよじりながらねじれて成長する際、樹皮を巻き込んでいきます。本来の健康な状態の山武杉であれば、ねじれ部分はすぐに癒合して一体化していきますが、不健康な状態の山武杉の場合、樹皮を巻き込んだ部分が癒合せず、そこからゆっくりと腐朽が始まるのです。

樹幹内の腐朽は山武杉に限らず、高齢になれば必ず生じるもので、それ自体は、製材価値という基準を除けば何も問題ではなく、自然界の常のことなのですが、木々が健康に生育できない状態であれば、若齢のうちに腐朽が始まってしまいます。
戦後に植樹された山武杉の、樹齢30年に満たないものから溝腐れがはじまりました。最近の植樹ではますます早期に激しいねじれが生じて腐朽が進み、人工林として成立しえない例も非常に増えてきました。

山武杉の溝腐れ増加の原因について、「挿し木での植樹のせい」という論調がよく聞かれます。実際、実生苗と違って挿し木苗の場合、直根が伸びにくく根が浅い傾向があります。しかしこれも問題の本質ではありません。

山武林業地では江戸時代から挿し木での植林が行われてきました。では昔と今とで何が違うのでしょうか。かつての挿し木苗の植林では、健康に育つための環境を、人為的に作ってきました。それに対し、特に最近は、周辺環境を含め、木が育つための土地のきめ細かな環境条件を考えることなく、画一的な手法で植樹しています。その違いが杉林の健康状態に大きな差を生み出しているのです。

今回の倒木や崩壊林分(りんぶん)*1を観察してゆくと、木々が健康に育たない環境条件にしてしまったことや、健康に育つための先人の努力や智慧がないがしろにされている点に問題の本質があることがわかります。

千葉市緑区。畑の中に残されたスギ林。台風の際も大きな幹折れはなかった。

台風後、吹きさらしの平野に存在する山武杉の人工林の中には、ほとんど倒木のない箇所もあれば、壊滅的な幹折れや倒木が発生した箇所もあります。
溝腐れが倒木の原因と言うのであれば、この違いを説明することはできません。
また幹折れは、幹の太さに対して過剰に樹高を伸ばしてバランスを崩したり、傷んで樹液の流れが滞って幹が乾燥し、柔軟性を失った不健全な個体に発生します。同様に虫の穿孔も、それ自体が台風による大規模な幹折れや倒木発生の原因とは言えず、やはり不健康な状態を作ってしまった環境自体から考えていかねばなりません。

千葉市若葉区。不健全な人工林で間伐を実施後、3年を経過したところに起こった台風被害。

上の写真は放置状態の人工林に強度の間伐が行われた箇所です。不適切な間伐によって残った杉は、日照、風の差し込みの変化、土壌表土の乾燥などによって、ますます樹液の流れを悪化させていました。そこに起きた台風によって、道路境界周辺の木々以外、壊滅的な幹折れが発生したのです。

伝統的な山武杉が植林されたのは、広大な田畑が開墾された平坦地、あるいはなだらかな丘陵地でした。風が強く乾燥しやすい土地のため、尾根筋や谷筋、道路沿いや敷地の境界には、松やカシなどの高木樹林帯を外周林として残しながら、その陰で適度な面積で植林し、徐々に広げてきたのでした。

台風での倒木を免れた山武杉。

台風での倒木、幹折れは一切なかった林分です。写真手前のひときわ太い杉の列が境界木です。植樹の際、外周の境界木をきちんと残しながら、植樹が行われていた、かつての山武林業の名残です。

左前面の太い樹々が境界樹林帯。

こちらも境界樹林帯の名残です。
境界木の在り方は地域によって差がありますが、山武林業地域の場合は伝統的に、所有者が自分の土地の際にそれぞれ境界木を植えるため、2列の境界林が生じます。その間に雑木も進入するので、多種混交林のラインが生まれるのです。この境界としての外周林は、江戸時代には松が多用されました。下層に進入したさまざまな広葉樹は、雑木として日常の資材として用いられていました。尾根筋や道脇など環境上の大切な要のラインは、防風林、環境保全林のように大切な緑地帯が残されますが、これがこの地域の土中環境を豊かに保つための智慧でもあったのです。

境界木が健全な状態を保つ林分では、倒木や幹折れの発生はほとんど見られませんでした。
今回の台風15号で、人工林が交通を分断し、電線を壊す危険因子として見なされる風潮がますます高まってしまいました。里や街の樹林は人工林ですが、多少の倒木や幹折れが発生しても、樹林が地域に点在することで、台風の猛威を大きく緩和する、見えない働きをしていることを忘れてはなりません(参考 夏の暑さを和らげる樹木の力 第3回)。
海風が吹き込む海岸沿いに比べて、内陸のほうが家屋の屋根や電柱、送電線などの被害が少なかったのは、点々とでも樹林が存在することで風速が大きく緩和されているということを知る必要があります。

ところが、道路拡幅や風倒予防対策で、風や日照を受け止めてきた境界木が伐採されると、放置人工林は急に乾燥し、今回の台風15号の猛威の前に壊滅的なまでの幹折れにつながってしまうのです。
外周となる境界林は環境の要と言えるでしょう。境界木を伐らずに植林してきた、かつての智慧が忘れ去られ、その大切さが顧みられなければ、ますます危険で住みにくい環境へと変貌してゆくことでしょう。

資料。栃木・日光の杉並木。

江戸時代、日光街道を整備する際に、道を守る環境林として植樹されたのが「日光杉並木」です。かつては道路ぎりぎりに溝を掘り、掘った土を両脇に盛り、そこに高木樹種の苗木を植えていきました。ここに限らず、かつての街道は、樹木の力で道を守ってきました。
この環境が悪化すれば当然、倒木や幹折れも起こりますが、樹林帯がよい状態で保たれていれば、台風などの強風も和らげ、めったなことでは倒木にいたりません。仮に倒木が起きても、反対側の枝葉に引っかかってとどまり、通行のリスクは軽減される。そんな目的で街道緑地はつくられてきました。

千葉市緑区。台風15号による道路沿いの倒木。

今回は幹折れが発生し、多くの電線に被害をもたらしました。しかし、多くは街道緑地の境界木に引っかかってとどまりました。こうした場所では通行の回復は、それほど大変な作業ではありませんでした。もし境界木がなければ、周囲の木々はもっと大きな加速度をもって道路に倒れこんだでしょう。その状況を想像すると、境界木のありがたさが分かります。

しかしながら今、道路沿いの倒木や幹折れが、電線被害をもたらした面ばかりを短絡的にとらえて、危険木として伐採すべきと言う論調が増えていることは残念ですし、危機感を覚えます。

「接道5m以内の高木は伐採すべき」というコメントが、SNS上で多数シェアされていました。町の環境を台風からも守り、大地深くに根を張って洪水をも緩和してくれている樹木に対し、電線を守るために伐採すべきというのは、接道の樹木を大切に守り育ててきた先人の智慧を知らない論調だと思います。
境界木を伐ってしまえば、風速を緩和してくれる役割を担う林そのものが崩壊し、台風の際にはトタンや看板など、さまざまな飛来物を受け止めるものもなく荒れ狂う、危険な環境になってしまうでしょう。

 
そもそも、何の景観要素にもならない電柱・電線のような架設物をそのまま張り巡らす、先進国ではありえない状況を、この機会に考え直すべきです。縦横無尽に張り巡らされる電線を守るために樹木を伐るなど、本末転倒と言うべきでしょう。

千葉県山武郡。台地に点在する家屋と屋敷林。このような環境下では、屋根はじめ建物被害は少ない。

点在する森というべき屋敷林の存在が、地域全体の風速緩和に大きく役に立っているという事実を忘れてはなりません。平坦で乾燥しがちな台地が続く千葉県中西部。かつてこの土地で暮らすためには、防風のための屋敷林が不可欠でした。
台風が大型化し、災害が多発する今だからこそ、樹木が健康に育つ環境を取り戻し、樹木を活かすことで安全な生活環境を作ってゆくこと。これを多くの方々と考えていきたいと思います。

千葉市緑区。ソーラーパネルと山武杉林の崩壊。

県内を回った時の事例をいくつか紹介します。
まず農地にソーラーパネルを敷き詰めた発電所の向かいの山林崩壊の様子です。パネルの照り返しが木々を傷める上、パネルを伝って地表に流れ落ちた水が地表を削り、泥水となって周辺の土地に流れ込み、表土の微細な空隙を塞いてしまうことがまた、周辺環境をも悪化させます。
こうしたところでは、脆弱な放置人工林は真っ先に崩壊していきます。

埋め立てた土地周辺の山武杉人工林の幹折れの様子。

千葉県は東京近郊であるゆえに産業廃棄物の不法投棄が絶えません。おおよそ、山林地域に不法投棄は集中します。その場所が山林崩壊の甚大な地域とも重なる面があるように思います。農地を転用し、さまざまな廃棄物を埋めてしまったことは、周辺の匂いからも分かることです。あまりにも粗雑で、環境にとっても有害な土地利用の縁に位置する木々もまた、短期間で痛み、崩壊していきます。

元農地のキワの山林崩壊の様子です。
埋め立てたのはわずか1年前なのですが、たった一年で周辺環境はがらりと変貌し、崩壊した林地はもはや森に戻ることはなく、何も生みださない荒れ地となっていきます。

巨大台風直撃でもなお、何事もなかったように佇む山武杉の境界木です。幹折れも倒木もせずに存在する光景を目の当たりにすると、「木材価値がないから伐採すべき」という論調が、いかに人間の身勝手な考えであるか感じざるを得ません。思考を停止して、破壊と建設を繰り返す傲慢な発想ではなく、今あるいのちの営みを尊重し、木々をより健康にする多種共存の環境へと導いてゆくためにどうすべきか。そんな発想から始めることが大切です。

千葉市若葉区、山武杉とカシの混交林。

山武郡周辺地域の人工林には、挿し木の杉の間にカシやシイを混交して育成した名残があり、大切なことを伝えています。それは、広葉樹も杉と競争しながら まっすぐな樹幹となるということです。そのように育った材は、太いものは家屋の床下の大引き材に用い、細いものは荷馬車の柄の材料などに使われました。
こうした混交林育成は、挿し木苗だけの植林の環境的な弱さを補ってくれます。根の浅い挿し木苗の杉と、深く根を張るカシやシイの根が、土中で絡み合うことによって、水と空気が行き来する健全な環境が深くまで育っていきます。表土も乾燥しにくい良い環境のもと、杉も健康になり、溝腐れすることなく、ブランド材として良材になります。安全で豊かな「杜」は、人工林でも可能なのです。

山武杉とカシの混交林。台風15号直撃後である。

上の写真は戦前から続く人工林で、放置されても健全な環境がかろうじて保たれています。30mの高木群は、一部幹折れしながらも強風を緩和し、人知れず周辺環境を守っていました。このことを知る人は少ないでしょう。見えない木々の働きに「おかげさま」と、そう思える心から、私たちは取り戻していきたいと思います。

山武杉とカシをはじめとする広葉樹混交林からは、挿し木苗を健康に育てつつ、やせた吹きさらしの台地を守ってきたかつての智慧の深さを感じます。
こうした人工林においては土中の環境も自然の森と同様に育ってゆくことが多く、台風でも林分が崩壊するという事態には至りません。

今ある広大な山武杉植林地を伐採して再植林しても、現代の技術と視点では決して良い環境にはならず、ますます国土の荒廃を進めることになるでしょう。現場を見ている私たちにははっきりと感じられてしまうのです。
では現在の環境をスタート地点にしてどう育ててゆくか。松や雑木林を活かしながら、無理なく挿し木の杉を増やし、風が強く乾燥する痩せた台地土地を育み、ブランド材を産出する有名林業地にまで育て上げ、その営みを数百年にわたって持続させてきた、そんなかつての智慧を、今の社会はどのようにしたら取り戻せるでしょうか。

奈良・吉野山、奥千本 誤った伐採植樹に伴う環境の荒廃。

また長いブログになってしまいましたが、最後に、日本屈指の林業地である、奈良県吉野山、奥千本で起こっていることを紹介します。
戦後の拡大造林によって植え過ぎた杉を大量伐採し、広葉樹を植える取り組みが全国で行われています。ここでは数年前から桜の植樹が行われてきました。しかしながら環境の荒廃は進み、植樹された苗木が健康に生育できない箇所が非常に多く見られます。
当然です。密植された放置人工林をいきなり伐採し、地表を大面積にわたってむき出しにしてしまえば、そこから急速に土中の環境が劣化するからです。

山道の際に植えられていた境界木が伐採された切り株。

環境の要である境界木さえ伐られ、人間が目的とする樹種のみ一斉に植える森林施業が、全国至るところで行われています。作業効率を優先し、智慧を忘れ、今生きている木々への畏敬の念も持たない。心無い森林管理の先には、更なる環境の悪化しかないでしょう。

岩に張り付いていた大木の根元の剥離。境界木伐採後、土中環境が悪化したことによる乾燥が原因。

事実、境界木を伐採してわずか数年で、残された森林の岩盤の台地が呼吸しなくなって乾燥してしまいました。岩に張り付いて健全に生きてきた大木も、はがれるように倒木していきます。

桜を植樹した隣地の杉林もまた、乾燥して幹折れがはじまり、林分が崩壊してゆきました。その間わずか数年のことなのです。つまり、杉林がバタバタと幹折れするのはなにも溝腐れの起こした山武杉に関係なく、どこにだって生じることなのです。それは、周辺環境を悪化させてしまったり、健全な人工林を育てる配慮が足りなければ、どこでも短期間で起こりうることなのです。

いま生きている樹木を尊重し、くらしの環境をともに守るためにはどうすべきか。
山武杉、人工林が悪いとか、接道部分の木々は伐れとか、そのような論調が今後ますます土地の力を劣化させて、危険で暮らしにくい環境に繋がってゆくことを危惧して、このブログを急遽投稿いたしました。
 

*1 樹木の種類・樹齢・生育状態などがほぼ一様で、隣接する森林とは明らかに区別がつく、ひとまとまりの森林。