樹木の健康と「病虫害」を考える –新潟市海岸松林の再生事例より 第1回–

全国で急速に進行する高木枯れの原因は?

一斉に枯れたアカマツ林。長野県上田市、2016年6月。photo / Hiroomi Takada(以下すべて)

マツ枯れ、ナラ枯れ、ヤマザクラ、ケヤキ、クリ、ブナ枯れと、いわゆる森の最上部階層(林冠)を占める樹種の広範囲に及ぶ高木枯れは、ここ10年収まるどころか紛れもなく加速しています。

なぜ今全国的に高木枯れが進行しているのか? その理由は環境全体の健康から見ていかなければ決して解決の糸口はつかめません。
大規模で広範囲に高木枯れが進行する環境でも、かろうじて健康な状態を保つ山域も点々と残っています。高木枯れの進む箇所とそうでない箇所の違いをまず考えていきたいと思います。

長野県小渕沢市の健康な松林。

上の写真は、薬剤注入も農薬散布もせずに比較的健康な状態を保っている松林の林内の様子です。外から森を見ると、松一色の森に見えますが、林内に入ると、松の下にさまざまな広葉樹や、松の幼木が、林内の空間を階層状に棲み分けている様子がわかります。松の下の空間に草木が多種共存する見通しの良い環境。実はこれが健康な松林の状態なのです。

多種の草木が共存する松林のモデル。©︎高田造園設計事務所

通気浸透性の良い土中では、菌糸が深く張り巡らされ、高木層を占める松の下に、多様な広葉樹や実生の松が生えて、根系と、土中の微生物のバランスが取れた状態が保たれます。
私たちは、単一の樹種で構成された白砂青松の風景を松林本来の姿としてイメージしがちです。しかし、それはかつてのような健康な大地の環境の基で初めて持続可能な姿に過ぎず、人が半ば強引に松の単純林にしても健康をかろうじて保てたまでのことなのです。
今のようにあちこちで水脈が分断され、弱ってしまった大地では、自然に形成される松林を参考に、健康な環境を考えていかねばなりません。

その姿とは、高木層の松林の空間で多様な樹種が共存する、いわば「松だけの林」ではなく、「松を主木とした、多種共存の森環境」です。

健康な松林の林床。

健康な松林の林床では、松の葉と広葉樹の落ち葉が混ざり合い、分解が進んで腐植層となります。そこでは草木根と土中の菌糸が絡み合って、ふんわりしたスポンジ状の表層を形成し、降り注ぐ雨を貯水し、土中深くへゆっくりと水と空気を移動させていきます。土中には無数の空間があり、水が円滑に上へ下へと動く環境が健全に保たれることで、菌糸も土中深くまで伸びてさらに空間が生まれ、松の根も深くへと誘導されていきます。
重力によって水と空気が下に動くだけでなく、深部にまで松が根を伸ばし、菌糸を介して土中から水分を吸い上げる際の毛細管現象によって下から上へ、水が引き上げられるのです。樹木と、その細根や土中菌糸が張り巡らされた土壌が一体となった、呼吸する土中環境で初めて、表土や有機物が流されずに捕捉されるのです。

腐植層の存在は、土中の環境を保つために不可欠な大地の皮膚として、とても大切な役割があることがおわかりいただけたと思います。ところが今、全国的にこの腐植層の消滅が急速に進んでいるのです。そのような箇所は、表土の泥詰まりを起こし、水も空気も土中に浸透できなくなっています。いわゆる「大地の呼吸不全」を起こしているのです。高木枯れや森の崩壊は、このような大地の環境の変化が原因で生じていると言えます。

奇岩と松の名勝地として知られる秩父多摩甲斐国立公園・昇仙峡で進行するマツ枯れ。
2016年11月撮影。

今、日本では過去に例のないほどの高木枯れの進行が、一部で指摘されています。有史以来、未曽有の森林荒廃について、国立研究開発法人・森林総合研究所元研究員、小川真氏が古文献を調べ上げ、下記のように結論しています。

「(前略)その後、中世を通じて、数千本単位で枯れたという記録が10回ほど残っている。(中略)気候の変化と人心不安、飢餓と戦乱はいつも並行してやってくるとされているが、木の枯れはその前兆かもしれない。もし今のように、マツやナラ、ヤマザクラなどが何年も枯れ続けていたら、世も末と嘆き悲しみ、加持祈祷が流行していたはずだが、そんな記録は見当たらない。木々が大規模に枯れ始めたのはごく最近のことなのである。
(『森のカビ・キノコ~樹木の枯死と土壌の変化』 小川真著 築地書館より)
小川氏は現代の大規模な樹木枯れに際して、枯れた木々や樹種ばかりに目を向けるのではなく、大地・土壌を包括する環境全体から、その原因を問い直す必要を提起しているのでしょう。
高木枯れはじめ、人間にとって不都合な異変が発生すると、多くの場合、病原菌や動物・昆虫類の食害など、枯死に至った直接的な原因を特定しようとします。
マツ枯れはマツクイムシが媒介するマツノザイセンチュウによる樹液道の閉塞、ナラ枯れはカシノナガキクイムシの穿孔、といった具合です。
原因を特定した後、次に人間はその原因を排除すれば問題は解決すると考え、農薬散布や殺菌、燻蒸といった、自然環境の循環への影響を無視した殲滅行動に向かいます。
こうした現代の思考と行動の在り方そのものが、いのちの母体たる自然環境に向き合うとき、問題の本質から我々の目を遠ざけてしまうことにしかならないということに、私たちはもう気づく必要があります。

人を含む自然界は、常に動的に生々流転しつつ、いのちがまた次の瞬間には別のいのちへと姿を変えながら、際限なく循環し続けるのが常であり、その中のすべての命には存在する意味と大切な役割が必ずあります。
その役割は、人間の一生の時間など一瞬にも及ばぬほどの、長い自然の営みの中で与えられたものであって、ちっぽけな人間がすべてを把握することなど、できるはずなどありません。だからこそ、その時の利益不利益に関係なく、いのちの存在に対する畏敬と尊重の想いが人間にとって大切になります。
むやみに殺傷することなく、不都合に思える存在とも適度に共存しようとする姿勢こそが、いのちの循環の中で人間が生き続けるために絶対に必要で、それを忘れてしまった社会の判断は、さらに解決の難しい新たな問題を生み出してしまうことを知る必要があります。

高木枯れの進行する昇仙峡の表層環境。表土は乾いて通気環境を失い、高木だけでなく、林内の下層植生まで衰退している。健康な森林本来の多様性も消失する。2016年11月撮影。

全国の高木枯れの発生箇所の現地調査を行うと、ほとんどの地域で安定した森林としての健康を失っていることが観察できます。こうした山域ではまず、高木ばかりでなくその下層の木々も傷み、枯損も目立ちます。林床植生も多様性を失い、後継樹となる実生の生育も見られず、イネ科やキク科などの荒れ地の雑草や、つる植物、笹類などの単純なヤブ状態が形成されるか、あるいは土がむき出しで硬化し、水が浸み込みにくい不安定な状態になってしまっていることに気づかされます。
 
急速な高木枯れの進行する箇所は、土中の通気浸透性貯水機能の劣化と植物相の単純化林床の裸地状態化が見られます。そうした環境全体の急速な劣化が高木枯れを起こす事実を見ると、単に樹木枯死をもたらすと言われる特定の菌や虫を殲滅すればよいという、単純な話ではないことがわかります。
高木枯れは、特定の樹種をねらう病虫害によって起こるのではなく、土中環境の荒廃に伴い、高木が健康に生育できにくい状態になってしまったことが原因の、いわば環境全体の劣化の末に起こるものと言えるでしょう。
このことへの分別がきちんとなされることなく、原因と結果が混同されているがゆえに、樹木枯死に対して無意味な農薬散布や枯損木の薬剤燻蒸処理が繰り返され、環境はますます健康を失い、衰退に歯止めがかからぬ悪循環が続いてしまうのでしょう。

では高木枯れに対して有効なアプローチはあるのでしょうか?
第2回は新潟市の海岸松林を、土中環境の改善から実際に再生させた事例を元に、お伝えいたします。