箱根古道・第1回環境改善施工 終了しました!

2023年3月27日−29日 箱根甘酒茶屋さま隣接の須雲川探勝歩道450メートルの石畳と、現代の付帯工事箇所の改善を行いました。

地球守賛助会員・メーリングリストご登録のみなさまへのメールや、高田宏臣のFB投稿などでお知らせをしておりました、神奈川県足柄下郡箱根町畑宿(はたじゅく)の二子山(ふたごやま)南麓沿いを通る、須雲川探勝歩道の450メートルの環境改善の施工を、地球守と全国の有志のみなさまで行いました。

千葉の高田造園設計事務所・地球守のスタッフを中心に、高田の講座や現場に何度も通ってくださっている、経験者の方が福岡・長崎・高知・三重・富山・長野・相模から集まってくださった。

今回施工する機会をいただいた石畳や歩道は、江戸時代の五街道のひとつ、東海道の一部である「箱根旧街道(箱根古道、箱根八里ともいう)」の姿を模して、昭和40年代に施工された探勝歩道(注1)です。

箱根の石畳は、関所を設けるにあたって、江戸時代初期の1680年ごろにまず大規模に整えられました。霧や雨の多い険しい箱根の山々に挟まれた谷道につくられた街道はぬかるみがひどく、当時は周辺に生えていた箱根竹(はこねだけ)を敷設しただけの箇所もあったそうです。
その後、江戸時代後期に皇女・和宮が輿入れするために江戸へと下るルートとして、また14代将軍家茂が京都へ凱旋するために、2回目の石畳の大規模改修が行われました(実際の和宮降嫁は中山道を使用)。その後、時代を経て県道(車道)ができた後に藪の中に埋もれたりした箇所もあるようです。

かねてより高田が山歩きや旅行で訪問するたびに、旧街道の石畳や周辺環境の悪化が顕著となっていることに心を痛め、環境土木の施工で改善ができればと願っていたところ、地球守を日頃応援してくださっている一般社団法人地湧の杜理事/水土社・岩越松男さんを通じて、箱根甘酒茶屋第13代主人・山本聡さん、そして箱根旧街道や自然環境に詳しい山小屋佐藤の佐藤昭男さんや神奈川県自然環境保全センター箱根出張所の協力を得て、まず須雲川探勝歩道の一部である450メートルの施工が実現いたしました。

一般社団法人地湧の杜理事、水土社の岩越松男さん。初日は駐車場誘導スタイルでお出迎え。
箱根甘酒茶屋の山本聡さん。3日間の昼食のお手配はじめ、雨で震えるスタッフにあたたかな名代の甘酒やお餅を振る舞ってくださった。
箱根甘酒茶屋。背後の二子山で産出する安山岩は、かつて石畳に使われてきた。


私たちが訪れた3月27日からの3日間は春休みということもあって、箱根甘酒茶屋さんのお客様も途切れることなく賑わっていました。旧街道やそれに続く探勝歩道は、首都圏からのアクセスもよく、世界中のツーリスト訪れる観光名所のひとつです。そして3日間の施工中、石畳を行き交う人々の80%は海外の旅行者でした。

石畳道の環境の意味とは?

なぜ私たちがいま石畳に注目するのでしょう? そもそも山道などに正しく施工された石畳は、それ自体が環境改善装置なのです(参考『土中環境』(建築資料研究社)168ページ)。

かつての山道は、地形に従って緩やかにカーブしながら付けられることが多いのですが、難所である箱根古道の場合は、30度を超える急勾配の石畳道もあります。急傾斜になる箇所は、石を差し込む角度や形状を工夫して、歩きやすくする配慮のあとが随所に残ります。
石畳道は、単に歩行性を良くするためだけでなく、大勢の人が通行しても土地を傷めることのないように、人と環境への配慮の両方が込められていたのです。日常的な細かい補修は必要でしたが、自然と一体となって数百年道の機能と環境双方を持続させる施工には、目には見えないさまざまな配慮と工夫がありました。
石畳道として長く機能し続けることは、道そのものが周辺環境に好影響をもたらす機能を持つことも意味するのです。
石畳道では、両脇の溝部分で雨水の地下浸透を促し、その機能を持続させることと、浸透しきれずに水きりに流れた水もなるべく分散し、その先でも土中に浸透しながら流す配慮が地形から見て取れます。
ところが、環境を傷めず、歩行性の良い道を両立させてきたかつての知恵と視点が現在は忘れ去られてしまい、見た目だけの整備が目立つようになりました。皮肉なことに、新たに山道の整備をするたびにかえって環境を荒らしてしまう悪循環が全国いたるところで見受けられます。実際、今回見学にお越しになった行政関係のおひとりから、「(従来の)文化財としての石畳の補修は、石を平滑に並べるのが目的となり、環境上の配慮が忘れられているかもしれない」というコメントもいただきました。

今回の施工は、本来の山道の整備が歩行性も環境もより良くすることを実証し、大切な史跡を守ることにつなげたいとの思いで、始まりました。

昭和40年代に施行された須雲川探勝歩道。美しい石畳道に見えるが、急傾斜にも関わらず表面が平滑に並べられているため、雨天時は非常に滑りやすい状態に。雨水は土中に浸透せず、石の表面を流れている。山側の水路施工のまずさや(写真右)、谷側の崩落防止のために防腐剤注入加工された削り丸太(注2)土留めが5−6年前に設置された影響で、石畳の縁から石が外れてきている(写真左側)。

既存の敷き石をバールや貫通マイナスドライバーで持ち上げ、歩きやすいように角度調整し、水平面を出していく。限られた工期の中、持ち上げる敷き石は必要最低限だが、難所全体の危険を除き、歩行性を高める施工を行った。
持ち上げた石の下には古瓦や石をかみ合わせていき、その隙間には藁や落ち葉を漉き込んだ。石畳下地の透水性を保つための古来の技である。漉き込んだ有機物は微生物によって分解される過程で、菌糸を増殖させて敷石の下の無数の隙間を保つ。
バール(しょうせん)で斜面下方を上げて小端を出す。瓦のほか、藁をねじったものや周囲の箱根竹を差した。
3日目。今回の施工区間で最も危険だった急傾斜の石畳道。登りやすく改善され、雨水も土中に浸透しやすい下地構造となった。滞水の改善は工期が短く最低限の施工となったが、雨天時の歩行には支障ないように整えることができた。
石畳を歩く人が履いていた足の半分のサイズの草鞋「足半(あしなか)」を履く、地元で足半を研究するエンゾ・早川さん(右)と参加者の金田考示さん。早川さんによると、足半で歩くと、江戸時代初期、後期、そして昭和の石畳の石の違いを足裏の感触で読み取ることができるそう。

古道周辺の環境荒廃を加速した、戦後の整備工事

これらは20世紀の高度経済成長期以前まで、地域の仕事として人から人へと伝えられてきた伝統智として残っていますが、残念ながらそれ以降は雨水を土地に「浸透」させるのではなく、「排水」させる施工へと変化していきます。
箱根古道の江戸時代に施工された石畳が残る旧街道も、昭和につくられた探勝歩道も、水と空気の土中での垂直方向の動きを無視し、地表を締め固めて雨水を排することを重視した、現代土木の視点で行われる石畳周辺工事(付帯工事)によって、石畳そのものだけでなく、周辺の斜面や山林も荒れてしまいました。史跡石畳とその両脇の浸透改善のための造作は、本来一体でした。石畳を古来のまま残しながら、周辺工事を現代土木の視点で行っても、守るべき史跡の石畳も守れないのです。
石畳はそれだけで完結しているわけではなく、周辺の造作と一体で永続性を保っている、と高田は強調します。
「江戸時代の土木工事である普請は、河川改修や沼地の干拓など大規模な社会インフラ整備にあたる国役(くにやく)普請と、そこに住む人々が、暮らしの環境(生活環境インフラ)を整えるための自ら行う自(じ)普請がありました。私たちが目指すのは、大規模な重機や、既成の建設資材を使用し、予算も時間もかかるような工事でなく、地域の人々であれば、誰もが補修工事のできる現代の自普請です。構造物に不具合が生じたり崩れてきたら、地域の人の知恵と力で、小さな道具と身の回りの里山の資材で短時間でリカバーできることは理にかなっています。
現代の大規模な土木の施工では、それ自体が自然を傷めつける原因だけでなく、資材搬入の作業道、建設ヤードの設置、さらには運び出した土砂の処分のために谷を埋めることで、二重三重にも環境に負荷をかけてしまっていることは、あまり知られていません」。

防腐剤注入材による土留めによって石畳脇に滞水が起きていたため、土留めを外して石を積み直した。本来であれば、谷側にも土手を盛って植樹するのだが、今回は問題の土留めを何箇所かチェーンソーでカットし、石を積んで滞水の解消を促した。
土留めを開口しない箇所にも瓦や小石を差し込んで隙間をつくり、さらに藁などの有機物を挟み込んだ。
石畳脇の滞水によって石畳縁の縁石が外れたり下がったりしたところを改善。掘削して滞水の解消を促し、石を階段状に組んで、石の隙間に藁や箱根竹を差し込んで、土中の空隙を守り、水の浸透を誘導する。
石畳端の石の不陸を調整。


石畳道山側の滞水を解消するための造作。ツルハシなどで谷状に斜面を山側に掘り進み、土中の水の動きを促す。掘削した溝に落ち葉や藁を編みこんで、掘削断面を保全する。

山側の滞水解消のために行った谷掘り箇所の保全。石を差し込み、その背面に藁を差し込む。湧き出した水の深部への浸透を促す。それを追いかけるようにやがて菌糸や樹木の根が伸びていき、新たな水脈が形成される。
谷掘り断面の保護に木杭を打ち込み、そこに藁をねじって絡ませる。
谷堀や石畳道脇の掘削によって発生した残土は、周辺の斜面に水平面をつくり、落ち葉を敷いた上に重ねる敷き葉で収めた。残土処理はやり方次第で環境を荒らす原因にもなるので注意が必要である。
周辺工事だけでなく、鉄塔、車道や駐車場などインフラ整備による影響も。箱根甘酒茶屋建物裏手に立つ鉄塔脇の石畳は、常に滞水する環境から雨天の時には泥水が流れ続けてぬかるみ、敷石が埋まっていた。表面の泥を取り除き、敷石を持ち上げて適切な方法で設置し直した。道を横断する溝を掘り、石と藁を差し込んで暗渠とした。
泥を取り除き、敷き石を全体に上げてその下に瓦や小石、藁を敷き込む。石畳の歩行性を確保し、浸透性の改善も促した。
今年夏に同じく古道の環境土木施工を予定している長野県王滝村の御嶽山で活動をする理事・畠山智明のメンバーも参加。

環境土木の意味を地域で共有し、地域で施工が可能な状況へ

地球守は、今回の修復工事を生きた環境土木の事例として、詳細と今後の施工について報告書としてまとめ、箱根町教育委員会や県の自然環境センターと共有しながら、国の文化的な宝である史跡・箱根古道・石畳の現状の分析と、今後修復に寄与・貢献する可能性を模索していきたいと考えています。
また、地域の方々が土地の歴史の遺産である貴重な史跡・観光資源、そして環境を健全に保つための古来の技と視点を共有するために、ここでの環境再生活動を継続していきたいと思います。
次回の箱根古道の施工は、6月以降を予定しております。

活動基金ご支援のお願い

環境土木の普及、視点の共有、そして地域の方々の知恵と力として根付くようなサポートを行うこと。
2023年、地球守の活動は箱根古道をはじめ、さまざまな地域で行政・地域の方々や活動団体・地球守で連携をしながら、公共工事として環境土木の可能性を探って参ります。


なお、3月の第1回箱根古道の環境改善施工は、TSTCさまからの活動支援金地球守活動基金賛助会員のみなさまからの会費など、地球守の独自財源によって行いました。
日頃より私たちの活動の意義をご理解の上、応援くださっているみなさまに心より御礼申し上げます。

賛助会員のみなさまや、メーリングリストにご登録いただいているみなさま、そして持続的な地域の環境づくりに興味を持っているみなさま。ぜひ地球守の今年の活動にご注目をいただき、応援、メッセージ、ご意見などをこちらまでお寄せいただければ幸いです。

なお、4月以降の活動に関しまして、現在以下のプロジェクトで地球守活動基金のご寄付を呼びかけております。ぜひ多くの方からのお力添えのもとに、地域の知恵と力を育む環境土木の現場を支えていただければ幸いです。

・2023年5〜6月 大磯町町道環境改善施工(神奈川・大磯町) 
 >4月に地球守のラジオ高田にてオンラインで説明を行います!
・2023年6月  箱根古道・第2回環境改善施工(神奈川・箱根町)



今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

施工日
2023年3月27日(月)ー29日(水)

施工地
神奈川県足柄下郡箱根町畑宿 甘酒茶屋私有地歩道から須雲川探勝歩道 450メートル


ご協力くださったみなさま
一般社団法人地湧の杜/水土社 岩越松男さま
箱根甘酒茶屋 第13代主人 山本聡さま
山小屋佐藤 佐藤昭男さま
神奈川県自然環境保全センター箱根出張所 主査 辻本明さま


施工にご参加くださったみなさま(以下敬称略)
坂本浩人(狐谷石器)/乗松正博(のりまつ造園)/黒岩成雄/井村俊則/大形拓嗣/平井航/金田考示/鈴木湧人

高田造園設計事務所・地球守スタッフ(敬称略)
大平渓子/堀越侑莉奈/林大介/大谷健/田島俊介(さと結い)/山崎尊史(環境土木研究所)/小嶋健(蒼楓琳)/南川雅弘

地球守理事
塩原匠/畠山智明(Roots Ontake)/鈴木玲代/轟まこと(雨の森)/来島由美/小川彩(環境土木研究所)

施工指導・監理・監修
高田宏臣(地球守代表理事・環境土木研究所代表)

活動への寄付をいただいた団体・法人 
TSTC
地球守活動基金

<注1>探勝歩道
自然公園内の園路は①探勝歩道と②登山道などに分類される。
探勝歩道は「自然観察、自然探勝を行うための徒歩利用の用に供される歩道をいう。特別な経験や技術を持たないが、ある程度の体力と装備を有する公園利用者を想定し、自然環境の保全と良質な自然体験の確保に十分留意するものとする」とある。(環境省 自然公園等施設技術指針より)

<注2>防腐剤注入加工された削り丸太